発掘調査速報

八戸市法霊林遺跡

調査成果報告

  

 法霊林遺跡では、縄文時代の竪穴建物跡1棟、土坑3基、溝状土坑1基、奈良・平安時代の竪穴建物跡11棟、土坑1基、大溝跡1条、時期不明の柱穴160基などが確認され、縄文時代は主に狩猟場として利用され、奈良・平安時代には集落が営まれていたことがわかりました。
 縄文時代の土坑は円形で底面に逆茂木の痕跡があり、落とし穴と考えられます。竪穴建物跡や円形の落とし穴の堆積土などから早期後葉(約6,500年前)の土器や石器、土製品が出土しました。
 奈良・平安時代の竪穴建物跡はいずれも北~北西側の壁にカマドがあり、4棟は焼失建物跡でした。特筆されるのは、カマド排煙部から刀が出土した1辺約8mの大型建物跡です。刀は切っ先を下に向け、木製の鞘(さや)に納められたまま排煙部に落とし込まれた状態で出土しました。刀は柄頭(つかがしら)が方形で、柄から切っ先まですべてが鉄製の「方頭共鉄柄刀(ほうとうともがねづかとう)」と呼ばれるものです。方頭共鉄柄刀は青森県域では蕨手刀(わらびてとう)とともに古墳から出土することが多く、全国的にも竪穴建物跡のカマド排煙部からの出土例は確認されていません。刀の形態や出土した土器から、建物跡の時期は8世紀後半頃と考えられ、この時期では最大級の規模です。馬具の可能性のある鉄製品も見つかっており、地域の有力者の住居であったと考えられます。建物は焼失しており、焼け落ちた建築部材の上には複数の須恵器甕(かめ)や壺、長頸瓶(ちょうけいへい)の破片や炭化した穀物塊が広範囲に分布していました。焼失建物跡であることやカマドが壊されていたこと、遺物の出土状況から、住居の廃絶にあたって何らかの儀礼やまじないがおこなわれた可能性が指摘できます。

 詳細を掲載したPDFファイルをダウンロードできます。ぜひご活用ください。【A4判3ページ 容量:約1.8MB】

八戸市法霊林遺跡12月4日1枚目

調査区全景(南西から)
遺跡の北側を馬淵川が東流します。

八戸市法霊林遺跡12月4日2枚目

カマド排煙部出土の方頭共鉄柄刀(南西から)
右が屋内側になります。

八戸市法霊林遺跡10月22日1枚目

2020年10月22日

方頭大刀(ほうとうたち)が出土した建物跡のカマドは壊されていました。カマドは本来、煮炊(にた)き用の土器を設置できるようにドーム状になっていますが、天井部分が壊され、芯材(しんざい)の土器が露出しています。カマドが使われなくなった際の「カマド封じ」など儀礼の一環と考えられます。

八戸市法霊林遺跡10月22日2枚目

建物は焼失しており、炭化した建築部材が検出されました。壁際では垂木(たるき)と呼ばれる屋根材や、屋根に葺(ふ)かれていたと考えられるカヤのような植物がみつかりました。壁や床には、強く焼けたことにより赤くなっている部分がみられます。

八戸市法霊林遺跡10月22日3枚目

炭化した建築部材の上には割れた須恵器の破片が広範囲に散らばっていました。建物が焼け落ちたあとに入れられたものと考えられます。

八戸市法霊林遺跡10月22日4枚目

炭化した穀物の塊が出土しました。穀物の種類はコメやアワ・ヒエと推測されます。穀物の粒同士がくっついている部分があることから、炊飯されたあとに器に入れたり、握ったりした状態だったのではないでしょうか。今後分析を行い、詳しく調べていきます。

八戸市法霊林遺跡10月22日5枚目

奈良・平安時代や縄文時代の調査が終わったあと、旧石器時代の遺構や遺物を探すために下層の調査をおこないました。人々の活動の痕跡はみつかりませんでしたが、約1万5千年前に十和田火山から噴出した火山灰(十和田・八戸火山灰)の中から樹木が燃えて炭になった痕跡がみつかりました。

八戸市法霊林遺跡10月22日6枚目

10月9日で法霊林遺跡の調査が終了しました。調査では、縄文時代の竪穴建物跡や落とし穴、奈良・平安時代の竪穴建物跡などがみつかり、奈良時代の大型竪穴建物跡のカマド排煙部(はいえんぶ)から方頭大刀(ほうとうたち)が出土するなど、大きな成果に恵まれました。調査にご協力いただいた皆様、大変ありがとうございました。

2020年10月13日

 国道104号線に面する調査区西側では、7世紀末~8世紀の奈良時代の竪穴建物跡6棟を検出しました。そのうち、一辺が8m×7.8mの大型の竪穴建物跡ではカマドの排煙部(はいえんぶ)から、先端を下に向け直立した状態で大刀が出土しました。
 大刀は鉄製で、全長は65㎝、刃は幅広で刃部長は48cmになります。木製のサヤに納められており、保存状況は良好です。柄頭(つかがしら)の形状から方頭大刀(ほうとうたち)と呼ばれます。
 青森県では、大刀は主に古墳などの墳墓の副葬品として出土しています。周辺では丹後平(たんごたい)古墳群において確認されています。竪穴建物跡のカマド排煙部からの出土例は全国的にも確認されていないと思われ、特異な例といえます。
 建物跡は焼失しており、大刀とともに8世紀後半の時期と考えられます。床面付近からは馬具の可能性がある鉄製品が出土し、大刀を所有した建物跡居住者は地域の有力者であった可能性があります。

八戸市法霊林遺跡10月13日1枚目

大刀出土竪穴建物跡
赤丸の部分(排煙部)から大刀が出土しました。

八戸市法霊林遺跡10月13日2枚目

方頭大刀
今後、分析や保存処理を進めていきます。

八戸市法霊林遺跡8月24日1枚目

2020年8月24日

7月で馬淵川に面した調査区の調査が終了しました。この調査区では、奈良時代の竪穴建物跡5棟、溝跡1条、縄文時代早期の円形落し穴1基が確認されました。この場所は縄文時代には狩猟の場として使われ、奈良時代には集落が営まれていたことがわかりました。

八戸市法霊林遺跡8月24日2枚目

7月からは国道104号線に面した調査区の精査を開始しました。

八戸市法霊林遺跡8月24日3枚目

奈良時代から平安時代の竪穴建物跡4棟と縄文時代の円形落し穴1基、溝状土坑1基が検出されています。

八戸市法霊林遺跡8月24日4枚目

奈良時代の竪穴建物跡では、カマドを構築する際に土師器(はじき)の甕(かめ)や石を芯材(しんざい)にしていました。写真手前の横たわっている石は天井材として使われていたと考えられます。その上には土師器の甕が2個倒れて出土しています。この二つの甕はカマドに掛けて煮炊きに使われていたものと考えられます。

八戸市法霊林遺跡7月3日1枚目

2020年7月3日

6月は検出した遺構の精査を進めました。

八戸市法霊林遺跡7月3日2枚目

竪穴建物跡は1辺5~6mの大型と、1辺2~3mの小型の2種類があります。どの建物も北西側の壁にはカマドがつくられていました。大型の建物の床では4本の柱の痕跡が確認されました。

八戸市法霊林遺跡7月3日3枚目

カマド付近からは、土師器の坏(つき)や甕(かめ)などの遺物が出土しました。中にはミニチュアの土器や、糸を撚(よ)る際に使用する紡錘車(ぼうすいしゃ)が出土した建物跡もあります。

八戸市法霊林遺跡5月27日

2020年5月27日

5月12日から八戸市法霊林(ほうりょうばやし)遺跡の調査を開始しました。調査区のうち馬淵川に面した区域でカマドをもつ竪穴建物跡3棟と土坑1基がみつかりました。竪穴建物跡からは奈良時代の土師器が出土しています。これから建物跡などを掘り下げて、詳しく調査していきます。

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